Hosai Arina Essay Course 2005

　　　親愛なるみつ様　　（春野　ひかり）

親愛なるみつ様

今ごろどこで何をされているのでしょうか。
文学の話、旅の話、恋愛の話、ママと過ごすよりずっと楽しくて、思いついてはあなたの住む隣町へ行っていましたっけ。あなたの話はとっても面白くて、中でもわたしのとびっきりは「自称モガでお勤めは日本橋」のあなたが小林秀雄にナンパされたってやつでした。上野の不忍池でボートにのって、そこには竹久夢二もいてサインももらったんですよね。でも頓着ないあなたはそんなのどこかにやってしまって、、。

関東大震災では実のお兄さんと生き別れたままそれっきり。
古い人なのに干支などうろ覚えで、、。

集合写真の若かりしおじいちゃんを指さしてほら一番きらきらしるだろって。
セピア色のおじいちゃんは確かにいい男だったけどあのときのあなたは素敵でした。
60才過ぎてから、海外へ旅をはじめ、あなたから数知れない国の話を聞きました。
わたしの旅行好きはあなたの影響かもしれません。

とにかくあなたはスケールが大きくって、とらえ所がなくって、かわいかった。

でも忘れられないあなたの顔があります。あなたの息子は長く精神科へ入院してました。ある日、外泊から病院に戻るおじさんを一緒に見送ったのを覚えてますか。あの時、病院行きのバスを見つめるあなたの顔は「母」でした。当然なんだけど。もう充分に大人になった息子を見る顔じゃなかった。わたしは胸が「きゅん」って音を立てたのを忘れません。はじめて見たあなたの横顔でした。

あなたが生きているあいだに「あなたについて」「あなたの生きてきた時代について」たくさん聞いておきたいと思っていた。そんな焦りがわたしの中にはあったんです。
今思えば何も聞けてなかったようですが。

私があの頃どうやって生きていたのかあまり思い出せないけど、未来は独立したものって思ってました。わたしの行く先に「みらい」って紙がぺらんって貼ってあるそんな感じでした。わたしの中では昨日も今日も明日もあんまりつながっていなかったんです。きっと。
わたしたちが経験したことのないような時代を生きてそんな時代にもあなたにも圧倒され続けていましたけれど、あなたは流されずとらわれず人生を楽しんでましたね。「今」の連続が未来だよって、あなたは言ってたような気がします。そんな生き方でしたよね。

ちょっと残念な気もしますが、あなたと過ごした時間を今はじめてわたしはしっかり握りしめている感じがするのです。

もうきっと新しい人生をあなたらしく過ごしているんでしょうね。
かけがえのない時間をありがとう。

（春野　ひかり）

【作品整理番号】　３５００４０２
【ペンネーム】:　春野　ひかり
【課題】:第２回目の課題　「あの時の私」
【題名】:親愛なるみつ様。

宝彩有菜のコメント

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